家路

家路 (Holly NOVELS)

家路 (Holly NOVELS)

こういう話を読むことができるから、本を読むことが止められないし、五百香先生の作品を心待ちにしてしまう。(旧版持ってたのに積読だったのはさておきだね……今回の新装版書き下ろしが素晴らしかったのでよしとしよう)
強い力で惹かれあう運命のような兄弟の物語。兄弟ものといえば、同性同士に加え近親という禁忌まで加わり、それでもなおお互いを求めずにいられないという葛藤と、堕ちてしまう描写が重要な要素であり、もちろんこの作品でも描かれています。第一部では、2年前に家を出て行った兄・月哉の帰郷をきっかけに弟の璃夜が自分の気持ちに気付き、一線を越え結ばれるまで。第二部ではそれから7年後の二人の話です。兄弟ものでなかなか「その後」がじっくりと書かれた作品は、私が寡聞にして知らないだけとも思いますが、あまりないのでは。誰もが憧れ、たたえるようなカリスマ性を持つ美貌の兄の、弟への病的な執着は第一部でも堪能できますが、第二部ともなるともう底なし沼のように深く感じられます。もちろん弟・璃夜の月哉に対する想いも同じくらい深いのですが、こちらはもう少し地に足ついているというか、逆に兄とその他を選別することで人間らしさを保っているように見えるというか、達観してサッパリしたというか……。第一部では月哉の非道さが際立ちましたが、二部ではとことん堕ちてしまったように感じました。最愛で唯一の弟を幸せにするという強迫観念にもにた思いから、その弟の反対を押して結婚を決める月哉。最初は捉えどころがないなと思った月哉の描写ですが、璃夜という強い引力ですっかり地べたを這いずるような人間になり果てたようです。(ただし他人からみたら、やはり完璧な人物として映るのがまたいい)
濃密に描かれた兄弟の物語ですが、この作品は菊池先生をおいて語ることはできません。彼の存在と、彼のその後を描いた書き下ろしが、私がこの一冊を愛するに至った理由です。璃夜の高校時代の教師であり、関係を持つ男性の一人だった菊池先生。璃夜の魅力に囚われ、より深い仲になりたいと思いながらも相談役を務めますが、突然帰郷した月哉と璃夜の深すぎる仲の前に、自分は傍観者であることを選択。兄弟が一緒に暮らせるように、二人の両親の説得にも協力します。そして7年後、再び現れた璃夜に、もしかしたら……という期待を抱くも、やはり兄弟の間に割って入ることはできず、ここでも聞き役に徹しました。嵐のように他人を巻き込む兄弟に、一番乱されたのは菊池先生なのかもしれません。月哉と璃夜という「特別な人間」と関わってしまった事で感じる、凡人にすぎない自分。年をとることで一層強まる孤独と不安。私が菊池先生に共感してしまうのは、なにより自身が年をとったからに違いありません。この作品の初出は2000年ですが、11年前の私がこの作品を読んでいたとして、ここまで感情移入はしなかったでしょう。だからこそ、書き下ろしでの菊池先生のその後には、救われたような気持ちになりました。こんな風に思えるのなら、年をとるのも悪くはないかな…いや、やっぱり若くいたいですけど。菊池先生の話だけで1冊読みたいとも思いましたが、この人は主役ではなく、脇役としてこそ輝く人かなと思いなおしてもみたり。助演男優賞を差し上げたい人です。